2006年08月12日

すんごい質問力7

キリストのすんごい質問力から学ぶ、対話のルール7

 

会議中日は、一日中教会への訪問者の嵐でした。

個人的相談、聖書の勉強、バプテスマ式準備、事務作業などなど。面談しにいらっしゃった方が6名。さらには、午後から行われていたミーティングにも、面談の合間を縫って顔を出す発言するような「話続ける」一日でした。

一人ずつの面談で、私も約一時間ぐらいづつしゃべるわけですから、夕方になった頃には喉も枯れてしまい、

まるで「ダンシング・オールナイト」で一世を風靡した、もんた&ブラザーズの、もんたよしのりみたいに、ガラガラ声になってしまったのです。

色々な人たちと「対話する」機会が多い私は最近、
その場の「雰囲気づくり」ってすごい大切だと
改めて思わされます。

すでに長い付き合いで、気心の知れている人なら、
いつものように、和やかな雰囲気で話せるのですが、

初めてお会いして話をするときは、
こちら側が緊張気味だと、相手も緊張するし、
こちらが元気なくトーンを低めに挨拶すると、
相手も暗い雰囲気になります。

特に、お互いのことをまだ良く知らないので、
何から話していいか分からず、話題も見つからずに、
「シーーーーーン。。。。」と微妙な雰囲気になってしまう。

 

そんなことってよくありませんか?

 

たとえ、明るく楽しい雰囲気で話ができる人であっても、
わたしが何か確信をついた質問すると、
とたんに口をにごして、

安心感なかなか「本音トーク」にならない方も多いんですね。

それは多分、まだお互いの信頼関係ができていないから、信頼してない人には、なかなか本音を語ることって難しいんだと思います。

「こんなことを言ったら、へんだと思われるんじゃないか?」
「他の誰かにベラベラと言いふらされたら大変だ。」
「どうせ、言っても、他人事としか思ってくれないかもしれない。」
等々。

例えば、
「この間、ご家族で旅行に行ってきたんですって?どうでした?」

「ええ、とっても楽しかったですよ。」

「そう、良かった。どんなところを見て周ったんですか?」

「まあ、色々とあちこち。」

「こんど、写真でも見せてくださいよ。」

「はあ、まだ現像には出していないので。」

「。。。。。。。」

ってな感じで、大まかな漠然とした答えしか返ってこないと、
とても寂しくなりますよね。
やっぱり、信頼関係が築かれていないと、
「不安」な雰囲気が漂ってしまうのです。


しかし、信頼関係さえ築かれれば、
そこには「安心感」という心地よい雰囲気が満ちます。

「この人なら、私の言うことをバカにして笑うことはないはず。」
「この人なら、私の言っている事を親身になって真剣にきいてくれる。」
「この人に話すなら、必ず口外せず、秘密は守ってくれる。」
というような、

ここは安全な場所だ。という「安心感」があれば、
人は本音で語りだすのです

あなたなら、どのようにしてそのような安心感を築きますか?

 

イエスさまは、町や村を巡り歩き、寝る暇もないぐらいに忙しく、
実にたくさんの人々と対話されました。

イエスさまとの対話を通して、人々の人生は劇的に好転していったのです。

イエスさまはいつも、人々に興味をもち、自分からアプローチをして話しかけました。ですから、徴税人や、罪人とレッテルを貼られて人々から軽蔑されていた人々であれ誰であれ、食事に招待して、一緒に食事をしながら、楽しくおしゃべりをしていたのです。


ザアカイあるとき、イエスさまはエリコという町を通りかかったときのことです。
「もしかしたら本当にメシアかも」という興味本位でか
有名人イエスさまをひと目見てみようと
木の上に座っていたザアカイに、
イエスさまは目を留めました

この人は徴税人の頭で、金持ちであった。イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。

それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」(ルカ19:1-5)

背が低く、「不正に取り立てる徴税人」として、
周囲からさげすまれバカにされていたザアカイは
イエスさまの方から、自分に興味をもって声をかけてくれたことを
喜びました。

ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。(ルカ19:6)

↑ザアカイの心が開いた瞬間です!

これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」

↑こんな風に心の中で思っている人たちには絶対心は開かないでしょう!

自分が嫌われて陰口を叩かれていることは百も承知のザアカイは、
「イエスさまが自分の家に泊まりに来たら、
イエスさま自身も悪口を言われるかもしれないのに。」
と思ったかもしれません。

そのようなリスクを負ってまで、信頼して泊まりに来てくれたことに、
ザアカイは、これまでにない「喜び」と「安心感」を得ました。

「この人なら、何でも話せる!」

そして、

ザアカイは立ち上がって、主に言った。

「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」

「えぇーーーーーー!!!!?」っと、
一緒に食事をしていた、その場に居合わせた人たちは
食べていたものを、床に落とすぐらいビックリしたはずです

イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(ルカ19:8-10)

ザアカイとイエスさまの間には、
大きな信頼関係が築かれました。

イエスさまは

「真実の対話」が生み出されるための

雰囲気作りの名人だったのです!

ナビゲーター:心のパテシエ♪角本尚彦


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